家計を比較するのをやめた理由|僕が「他人と比べない家計」に切り替えた話

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はじめに

家計を見直そうと思ったとき、
多くの人が一度はやるのが「家計の比較」だと思う。

  • 平均的な生活費と比べてどうか
  • 同年代・同世帯と比べて多いのか少ないのか
  • SNSで見る家計と比べて自分は大丈夫なのか

僕も例外ではなかった。
家計簿をつけ始めた頃、
「この家計は正しいのか?」を確かめたくて、
とにかく他人の家計を探しては比べていた。

先に結論を書く。

僕は今、
家計を他人と比較することをほぼ完全にやめている。
理由はシンプルで、
比較しても家計は安定しなかったからだ。

この記事では、
家計を比較し続けていた僕が、
なぜそれをやめる判断に至ったのかを整理する。


結論:家計は「比較」では良くならなかった

家計比較をしていた頃の僕は、
一見すると「ちゃんと考えている人」だったと思う。

  • データを見る
  • 他人の家計を研究する
  • 自分の支出をチェックする

でも実際は、
考えているようで、判断が増えていただけだった。

比較すればするほど、

  • 自分は使いすぎているのでは
  • もっと削れる余地があるのでは
  • 今のやり方は間違っているのでは

と、不安が増えていった。

そこで僕は、
家計を見る基準を「比較」から「自分のルール」に切り替えた。


僕が家計を比較していた頃の状態

平均値を基準に安心と不安を行き来していた

総務省の統計、家計調査、
「平均的な◯人世帯の生活費」。

それを見るたびに、

  • 平均より低い → 少し安心
  • 平均より高い → すぐ不安

という状態を繰り返していた。

でも冷静に考えると、
平均値は「誰かの生活」であって、
僕の生活ではない。


SNSの家計投稿に振り回されていた

SNSでは、

  • 節約がうまくいっている家計
  • 投資と両立できている家計
  • 無駄がなさそうな支出

が目に入る。

それを見るたびに、
自分の家計の粗探しが始まっていた。

比較対象が増えるほど、
「何を基準にすればいいのか」が分からなくなった。


家計比較で分かったこと

比較を続けていて、
当たり前ではあるけど気づいたことがある。

条件が違えば、正解も違う

比較項目実際に違っていた点
世帯人数単身・同棲・家族
住居費持ち家・賃貸・地域差
収入の安定性固定・変動
価値観何にお金を使いたいか

これだけ条件が違えば、
家計の正解が同じなわけがない。

それなのに、
結果だけを比べて一喜一憂していた


比較しても「次に何をするか」は決まらなかった

家計比較をしても、

  • 明日から何をやめるか
  • 来月どう変えるか

は、実は何も決まらなかった。

数字や他人の事例は増えるのに、
自分の判断が残らない。

これが一番の問題だった。


僕が家計を比較しないと決めた理由

比較は「判断を増やす行為」だった

比較するたびに、

  • これは多いのか
  • ここは削るべきか

という判断が増える。

家計を楽にしたかったのに、
逆に考えることが増えていた。


家計は「正しさ」より「安定」が重要だった

家計管理で一番大事だったのは、

  • 正しいかどうか
  • 理想に近いか

ではなく、
続いているかどうかだった。

比較は、
その安定を壊しやすかった。


今はどう家計を見ているか

今の僕は、
家計を次のように見ている。

見る基準見ない基準
自分の生活満足度他人の支出
続けられる支出額平均値
判断回数理想的な割合

決めているのは、
「どれだけ削るか」ではない。

**「どこで迷わないか」**だ。


家計が楽になった理由

家計比較をやめてから、

  • 家計のことで考える時間が減った
  • 数字を見る頻度が下がった
  • 他人の生活が気にならなくなった

結果として、
家計は「管理対象」から「生活の一部」に戻った。


こんな人には合う / 合わない

合う人

  • 家計で迷うことが多い
  • 他人の家計を見て不安になる
  • 続けられる形を作りたい

合わない人

  • 数字比較が楽しい
  • 他人と競うのが好き
  • 家計管理をゲーム感覚でやりたい

よくある勘違い

「比較しない=無計画」
「平均を見ない=危険」

僕の場合は逆だった。

比較しない方が、家計は安定した。


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まとめ

家計を比較するのをやめたのは、
現実から目を背けたからではない。

自分の生活に集中したかったからだ。

この記事は、
「正しい家計を作りたい人」向けではない。

「家計のことで消耗したくない人」
に向けた、僕の判断の記録だ。

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