はじめに
判断を減らす、という話をすると、
「それで本当に大丈夫なのか」と思う人も多いと思う。
何かを見落としたり、
あとで後悔したりしないのか。
ちゃんと管理しなくて平気なのか。
僕自身も、
判断を減らし始めたばかりの頃は、
少しだけ不安だった。
先に結論を書くと、
判断を減らしても、特に困ることは起きなかった。
この記事では、
判断をしなかったことで何が起きたかではなく、
何も起きなかった具体例を書いている。
結論
結論として、
判断を減らしたことで
生活や投資が不安定になった場面はなかった。
むしろ、
何かが起きるのを心配していた時間の方が長かった。
積立額を見直さなかった月
出費が重なった月は何度かある。
以前なら、
今月は積立を少し下げた方がいいか、
と考えていたと思う。
でも、その月は何もしなかった。
結果として、
- 翌月には支出は落ち着いた
- 現金が足りなくなることもなかった
- 積立を触らなかったこと自体を、後悔もしなかった
判断しなかったことで、
特に問題は起きなかった。
相場を確認しなかった期間
相場を見ない期間もあった。
以前は、
少し期間が空くだけで
状況を把握していないことに不安を感じていた。
でも、見なかった。
結果として、
- 何かに対応し損ねた感覚はなかった
- 後から見ても、やることは特に変わらなかった
- 見なかった期間が、むしろ静かだった
見なかったことによる不都合は、
後から振り返っても思い当たらない。
情報を追わなかったとき
新しい記事やSNSの投稿を、
意識的に追わなかった時期もある。
以前なら、
知らない情報があること自体が気になっていた。
でも、追わなかった。
結果として、
- 大事な判断を逃した感じはなかった
- 知らなかったことで困る場面もなかった
- 後から知っても、特に影響はなかった
情報を追わなかったことより、
追い続けていた頃の方が、疲れていた気がする。
何もしなかった結果、起きたこと
ここまで振り返ってみて思うのは、
判断を減らしたことで起きた変化は、
出来事よりも空白に近いということ。
- 何かが減った
- 何かを失った
というより、
- 何も起きなかった
- 何も追加されなかった
その状態が続いた。
困らなかった理由を考えてみると
後から考えると、
判断を減らしても困らなかった理由は単純だと思う。
- もともと大きな判断は頻繁に必要なものではない
- 多くの判断は、やらなくても結果が変わらない
- 判断しているつもりで、確認していただけのものが多かった
判断を減らすことは、
無責任になることとは違った。
こんな人には合う / 合わない
合う人
- 判断をしすぎて疲れている
- 何か見落としそうで不安になる
- まずは減らしてみたい
合わない人
- 常に状況を把握していたい
- 判断や調整そのものが楽しい
- 動いていないと落ち着かない
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まとめ
判断を減らしたからといって、
何かが崩れたわけではなかった。
むしろ、
判断しなかったことで
後から困った場面はなかった。
全部を考えなくても、
生活は回る。
今のところは、それで十分だと思っている。

